2009年04月17日

閑話休題

お世話になっている弁護士に聞いた話。

少年Aは小さいころに人を殺めた。

少年院に入り、その後社会に出て勉強し、

弁護士資格をとり、結婚もして成功した。

大きな邸宅を購入し成功者の人生を歩いていた。

片や子供を殺害された被害者の母親は、何十年も後に

少年Aが気になった。

どんな人生を送っているのか気になった。

何とか調べ上げてAがどんな人生を歩んでいるのか知りたくなった。

実際に探し出し、Aに会うために訪問した。

被害者の母親に会ったAは、会った瞬間にこう言った。

「なんぼ欲しいねん?(いくら欲しいのか?)」。。。。。


なんとも言えない話だが実話だそうだ。


想うこと。

「あの人は人はいいんだけどねー」
「あの人は皆にすかれるんだけどんねー」

それは、いい人なんだけど仕事はできないよねー、の裏返し。

いい人では仕事はできないのか?

良くない人にならないと仕事はできないのか?

人に厳しく、リストラや首切りもできる人が仕事のできる人なのか?

そうであれば、私は、本質から正直者や誠実な人間が、しっかりと

潤える会社を作りたい、そういう社会に生きたいと思う。

いい人と一般に言われる人が、仕組みによってその弱点を補える、

そんなスキームを作りたい。

プライム・リンクの代表時、当時カリスマアナリストと言われた、

藤野さん(当時ゴールドマンサックスアセットマネジメント、現レオスキャピタル社長)に、

正義は勝つ!ではなく、

本当に正義なのであればそれを証明しないといけない。

よって、「正義は勝たねばならぬ!」だと言われた。

まさしく、そのとおり。

それが、この国の、世界の未来のために必要だ。

モチベーションアップ!!
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土屋 晃 

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2009年01月16日

あのひとの誕生日!!

今日は尊敬するマーチン・ルーサー・キング牧師の生誕の日だ。

彼は、かの有名なワシントン行進の演説でこう語っている。

We shall overcome.

私たちは打ち勝つ。

たとえ遠まわりをしていたとしても

行きつく先に「正義」がある限り。

We shall overcome.

なぜなら「偽り」が

永遠に生き続けることはないから。

We shall overcome.

私はそれを心の深いところで信じている。


企業も同じ、理念に、ビジョンに正義があるか?

自分たちが目指す方向に正義があるか?

何のために事業を行うのか?そこに正義があるのか?

理念に社会的正義があるか?

偽りが永遠に生き続けることはないから。


重い言葉だ。

嘘で固められた事業はいつしかなくなる。

自分の周りをみてもそうだ。

一時代を築いた、一世を風靡した事業が消えてなくなっている。

しかも一瞬に。

時代を凌駕した企業が簡単になくなっている。

しかも一瞬に。

時代を凌駕した上場企業が上場廃止になっている。

しかも一瞬に。

上場して5年や10年で上場廃止になる、もしくは上場廃止にする

なんてことはあり得ない。


そんな軽いものなのかと言いたい。

それらは真の正義でないからだ、偽りの企業だからだ。

事業が偽り、理念が偽り、本心からそう思ってないことは偽りだ。

偽りの事業や理念に人は集まらない。


キング牧師の演説が心を打つのは、そこに正義があるからだ。

彼の演説には言霊がある。

思いや信念を伝えるときにそれが伝わるかどうかは、まさしく

言霊があるかどうかによる。


その言霊は自分に「正義」があるかどうかによる。

本当に本心からそう思っているかどうかによる。

そうではないメッキは簡単にはがれるものだ。


オバマ次期大統領もキング牧師と比べられるが、

彼が「正義」か「偽り」かは、

これからアメリカ国民が判断するところとなる。


日本の政治はどうだ。「正義」で立つ人が少ない。

日本において政治は「偽り」でしか立てないのかと思うほどだ。

「正義」の基に政治を行う人材が早く日本にも出てきてほしいものだ。

I have a dream.



I say to you today, my friends so even though we face the difficulties
of today and tomorrow, I still have a dream. It is a dream deeply rooted
in the American dream. I have a dream that one day this nation will rise
up and live out the true meaning of it's creed, "We hold these truths to
be self-evident, that all men are created equal". I have a dream that one
day on the red hills of Georgia, the sons of former slaves and the sons
of former slaveowners will be able to sit down together at table of the
brotherhood. I have a dream that one day even the State of Mississippi,
a state sweltering with the heat of injustice, sweltering with the heat
of oppression, will be transformed into an oasis of freedom and justice.
I have a dream that my four little children will one day live in a nation
where they will not judged by the color of there skin but the content of
their character. I have a dream today! I have a dream that one day down
in Alabama with vicious racists, with its Governor having his lips dripping
with the word of interposition and nullification.One day right there in
Alabama, little black boys and black girls will be able to join hands with
little white boys and white girls as sisters and brothers. I have a dream
today! I have a dream that one day "every valley shall be exalted, every
hills and mountains shall be made low, the rough places will be made plain,
and the crooked places will be made straight, and the glory of the Lord
shall be revealed, and all flesh shall see it together."
This is our hope. This is the faith that I go back to the South with.
With this faith that we will be able to hew out of the mountain of despair
a stone of hope. With this faith we will be able to transform the jangling
discords of our nation into a beautiful symphony of brotherhood. With this
faith we will be able to work together, to pray together, to struggle
together, to go to jail together, to stand up for freedom together, knowing
that we will be free one day!
This will be the day... This will be the day when all of God's children
will be able to sing with new meaning, "My country, 'tis of thee, Sweet
land of liberty, Of thee I sing: Land where my fathers died, Land of the
pilgrims' pride, From every mountainside, Let freedom ring." And if America
is to be a great nation, this must become true.
So let freedom ring from the prodigious hilltops of New Hampshire. Let
freedom ring from the mighty mountains of New York. Let freedom ring from
the heightening Alleghenies of Pennsylvania! Let freedom ring from the
snow-capped Rockies of Colorado! Let freedom ring from the curvaceous
slopes of California! Not only that. Let freedom ring from Stone Mountain
of Georgia! Let freedom ring from Lookout Mountain of Tennessee! Let freedom
ring from every hills and molehills of Mississippi, and from every
mountainside! Let freedom ring and when this happens. When we allow freedom
to ring, when we let it ring from every village and every hamlet, from
every state and every city, we will able to speed up that day when all
of God's children, black men and white men, Jews and Gentiles, Protestants
and Catholics, will be able to join hands and sing in the words of the
old Negro spiritual, "Free at last! Free at last! Thank God Almighty, we
are free at last!"


友よ、私は今日皆さんに 申し上げたい。 
今日も明日も、いろいろな困難や挫折に直面しているが、
それでもなお、私には夢がある。
それは、アメリカの夢に深く根ざした夢なのである。

私には夢がある。

いつの日か この国が 立ち上がり、
わが国の信条の次の言葉の真の意味を貫くようになるだろう。 
『私たちはこれらの真理を自明のことと考える。
すなわち、全ての人間は平等に造られている』。

私には夢がある。

いつの日かジョージア州の赤土の丘の上で、
かつての奴隷の子孫たちとかつての奴隷主の子孫たちとが、
共に兄弟愛のテーブルに着くことができるようになるだろう。

私には夢がある。

いつの日かこのミシシッピ州も、
このような不正義の暑さにうだっており、
このような抑圧の暑さにうだっているこの地域でさえも
いつの日か、自由と正義のオアシスに変えられることであろう。

私には夢がある。

いつの日か私の幼い四人の子どもたちが、
彼らの肌の色によって評価されるのではなく
彼らの人格の深さによって 評価される国に住めるようになることであろう。
私には今日、夢がある。

私には夢がある。

いつの日かこのアラバマでも、
目下のところ悪意に満ちた民族主義者に牛耳られており、
連邦の決定に対して、
知事の口から「干渉」とか「取消し」という言葉しか出てこないこのアラバマ州においても、
いつの日か幼い黒人の少年たち・少女たちが、
幼い白人の少年たち・少女たちと手をつなぎ、
兄弟姉妹として歩けるようになることであろう。     
今日、私には夢がある。

私には夢がある。

いつの日か谷はすべて身を起こし、 山と丘は身を低くせよ。
険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。   
主の栄光がこうして現れるのを、 肉なる者は共に見る。イザヤ書40:4-5)
これが私たちの希望なのである。
こういう信仰を持って、私は南部に帰る。
こういう信仰があれば、私たちはこの国の 騒々しい不協和音を、
こういう信仰があれば、私たちは絶望の山から、希望の石を切り出すことが出来る。
兄弟愛の美しいシンフォニーに 変えることが出来る。
こういう信仰があれば、私たちは共に働くことができる。
共に祈ることができる。
共に闘うことができる。共に監獄へ行くことができる。
共に自由のために立ち上がることができる。
いつかは自由になると信じることができるのだ。
その日こそ、神のすべての子どもたちが、
あの歌を新しい意味を込めて歌うことができる日となるであろ。
わが国、それは汝のもの、麗しき自由の国。
われは汝を讃える。
わが父祖たちの死せる国、巡礼父祖の誇れる国、
すべての山腹から自由の鐘を鳴り響かせよ。
もしアメリカが偉大な国になるべきなのであれば、
このことが実現しなければならない。
だから、自由の鐘を鳴らそう ニュー・ハンプシャーの大きな丘の上から。
自由の鐘を鳴らそう、ニューヨークのそびえ立つ山々から。
自由の鐘を鳴らそう!
ペンシルヴァニアのひときわ高いアレゲニー山脈から!
自由の鐘を鳴らそう!
コロラドの雪を頂くロッキー山脈から! 自由の鐘を鳴らそう!
カリフォルニアの曲がりくねった坂道から!
それだけではない。自由の鐘を鳴らそう!
ジョージアのストーン・マウンテンから!自由の鐘を鳴らそう!
テネシーのルックアウトマウンテンから!自由の鐘を鳴らそう!
自由の鐘を鳴らそう!ミシシッピのすべての丘やモグラ塚からも!
山腹のいたるところで自由の鐘を鳴らそうではないか!
私たちが自由の鐘を鳴らせば、その時にはすべての村という村で、
すべての集落という集落で、すべての州という州、街という街において、
神の子どもたちとなったすべての者らが、
黒人も白人も、ユダヤ人も異邦人も、
プロテスタントも カトリックも、すべての者らが手に手を取って、
あの古い黒人霊歌を口ずさむようになることであろう。
「自由だ!自由だ!全能の神に感謝すべきかな。私たちはついに自由になった!」


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2008年09月07日

狭き門!?

先日、前職の社員の結婚式が鹿児島であった。

日帰りだったが皆との久しぶりの再開。


テーブル全部元社員、同窓会の気分。

今も前職でがんばる人、卒業してがんばる人。

いずれにせよ、旧友とは良いものだ。


いつの時代になっても同じ苦しみを経験した人間とのつながりは深い。

ベリートップであったがゆえに自分の子供みたいなものだ。

成長したかなー、気になる。。。

前職で「狭き門から入れ!」という言葉をよく朝礼で使った。

いままでの経験で、何もかも順調に立ち上がった事業や会社は本当に脆(もろ)い。

今までに何千社もの会社や経営者とあった中での自論だ。


これは間違いない。


狭き門から入るから、うまくいかないことが多く、考える。

そして、その機会も多くなる。

その多くなった機会がまた人を成長させる。


考えない人間はだめだ。運だけでもだめだ。

いかに多く、深く考えるかでその人成長が決まる。


そのチャンスを得た人は、その境遇に感謝だ。

狭き門に感謝だ。

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2008年04月19日

一所懸命って。

「一生懸命」の語源は「一所懸命だ」。

その昔、一箇所(ひとところ)に命を懸けるくらいに真剣に、

そして必死に取り組むことを「一所懸命」といった。

仕事でも遊びでも、適当に時間つぶしで流されるように時間をすごすのではなく、

何か目標に向かって真剣に、取り組んでいる人は素敵だ。

それこそ一箇所に焦点を絞り取り組んでいる姿は人を動かす。

人は理論や論理、ロゴスでは動かない。納得はしても心からは動かない。

人を突き動かすのは、いつの時代もパトス(感情)だ。


得意なものと好きなもの どっちが真剣にとりくめるか?

自分に当てはめるとすぐに答えが出てくる。答えは好きなものだ。

好きこそものの上手なれ! という。

好きなことがあり、それに取り組む時間が長い人生は幸せだ。

寝食を忘れるくらいの好きなこと、好きなもの。これがある人生はすばらしい。


あるだろうか?


得意なものに取り組んでも生活はできる、でもそれが好きでなければ愉しくないし続かない。

その人生、愉しいかというとそうでない。

周りから「この分野においてはすごいですねー」といわれても本人は愉しくない。

得意なだけで好きではないから。


好きなことには誰しも真剣に取り組む。愉しいからだ。

真剣に取り組んでいる姿には応援者も現れる。


自分の人生に真剣に生きてみよう。いろんな道が開かれていくはずだ。


やりたいことが見つからないという人が多い。やりたいことを探す必要は無い。

好きなことは誰しも一つや二つはあるはずだ。


この時期、新入社員の中にも、なぜその会社に入ったのかさえわからない人もいる。

社会人経験を全く積んでない学生が、最初に入る会社や仕事が、

その人の人生にとって最良のものである可能性は低い。


そのためには「直感」を大事にしたほうが良い。

人間(動物)の直感は理論で説明できない。論理を超越している。


そのことを考えただけで、その言葉、単語をみただけでワクワクくしてくるもの、

ドキドキしてくるもの。ソワソワし始めるもの、

それは何か? 

洋服でも旅行でもネットでも何でも良い。


あるはずだ。

それを仕事にすることができたらこんなに幸せなことは無い。


今、ネットを使ったビジネスの将来性をつくづく感じる。そしてこのジャンルは大好きだ。

今、取り組んでいるネットオークションの中でどう成長していくか?

オークションハウスを持たずともそれに派生する事業はたくさんある。


これからは創造性と実行力の勝負だ。
 
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2008年03月18日

会社って何?

企業、会社ってなんだろうか?

電車のつり広告に人材派遣会社CMが載っていた。

「あなたが探してるのはどっちの会社ですか?    

金曜日が待ち遠しい会社。  月曜日が待ち遠しい会社。」

言い得て妙だ。

休みが待ち遠しい、仕方なく行っている会社。

自分の人生の時間を切り売りしてお金に換えている会社。

片や、仕事が待ち遠しい、仕事が楽しい会社。

給与も大事だが、やっていることや仕事の内容に価値を感じる会社。


会社のあり方が問われている。会社とは企業とは何か?

仕事するってどういうことか?

が、今問われている。

人間は社会的欲求を渇望する動物。

社会の中で自分の存在価値がわかれば、本当に楽しい人生を送れる。

片や仕事を作業とみなすとこれほどの苦痛はない。


前職の飲食業でパートナーやアルバイトに語り続けた。


路肩でレンガを積む仕事をしている人が二人いる。一人に質問した。

「何をしているのですか?」

その人は答えた。

「レンガを積んでいるのです。」

もう一人に同じ質問をした。

「何をしているのですか?」

「私は今、教会を作っています。

この近郊の住民が心落ち着けるように教会を作っています。

皆のためになりたいのです。」


この二人の仕事は、同じ業務。

片や作業としてのレンガ積み。。。

片や夢あふれる社会的に価値にある仕事。。。

考え方、発想の違いが、これほどまでに大きな違いになる。


どの会社でも、どの業務でも同じことが起こっている。

自分の業務の先にあるもの、それが社会的にどんな意味をもつものか、

それを理解することが必要。

また会社や上司はそれを理解させることが必要。


孫氏の「兵法」という 経営者の愛読書がある。

そこ書かれていること。一番大事な、そして最初に書かれていることは何か?

「之(これ)を経(はか)るに五事(ごじ)を以てし、

之を校(くら)ぶるに計を以てして、其の情を索(もと)む。

一に曰(いわ)く道、二に曰く天、三に曰く地、四に曰く将、五に曰く法」

とある。企業が戦うにあたり、相手との比較をするべき項目が五事だ。

天(自然条件とその法則)、地(地理地勢条件)、将(トップの能力)、法(軍事力)。


四事よりも大事で、最初に孫氏が語ったもの。それは「道」。

これは、企業でいう理念。

心を一にして、自分たちの価値を社会に影響していくもの。

これが一番大事。これがないと組織は勝てない。

これがない組織は弱い。そして脆い。

なぜなら「芯」がないから。

残念ながらこのような企業が増えている。


単なる9時から5時までの作業の場所としての会社。そこで行うことは時間つぶしの作業。

言われたこと、なすがままに行う作業。そんな会社に明日はない。

一人一人の社員が、自分の仕事の社会的価値を見いだしていることが大切。

どんな仕事でも社会的価値はあるはず。それを浸透できるかどうかが鍵だ。

社会的価値が見出された企業は、「もっともっと社会的価値を!」となるはず。

社会に認められ、それを自らの成功体験に蓄積していく。


小さな成功体験の積み重ね以外に、人間が成長する方法はない。

自信とは自ずからを信じる気持ち。

積み重ねよう。小さな成功体験!!



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2008年02月23日

人生は誰のもの?

人生は誰のものか?至極簡単、自分のものだ。

人生が自分のものだということをもっともっと深く理解すべきだ。自分のための人生。

明白な事実なのにかかわらず、誰のものかわからなくなっている人が多い。


最近思うこと。それは一世代前と違い、最近の若者がすごくイキイキとしている。

その昔、若者=フリーター、ニート=人生に覇気がない、の象徴だった。

ゴルフの上田桃子、ハニカミ王子くん、野球のマークン、ハンカチ王子、

卓球の男子女子チーム。

弱冠20歳前後の若者が自分の人生を楽しみ、生き生きと天職を謳歌している。

好きこそものの上手なれ!彼らの表情には愉しみがある。

その上の世代、イチロー、松阪らメジャーの挑戦者たち、

ヨーロッパで活躍する俊介はじめサッカー選手たち。

世界中で活躍する日本人が増えてきた。スポーツでもビジネスでも。

彼らにとっては世界中が自国なのだ。国内と同じフィールドなのだ。

自分を信じて、思い通りに生きること。

他人の評価を気にせずに、自らをリスペクトする生き方。

それが人生を愉しむということだ。


その道を極めた人間は重い。一言一言が重い。

正月明けにNHKの特集「プロフェッショナル」でイチローが取り上げられていた。

しびれた。。。仕事のフィールドは違うといはいえ、熱いものが湧いてきた。


主題にもどる。人生は誰のものか?

人生は自分のもの。  

しかし、それは真摯に自分の人生を一生懸命に生き尽くすことを約束した人間の特権だ。

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